ZOZOテクノロジーズでVRやARといったXR領域の利活用を推進しているWEAR部の諸星(@ikkou)です。
弊社に限った話ではありませんがCOVID-19の影響により、今までのようなオンサイトでのイベントをなかなか実施し難い状況が続いています。
例えば先日の『#技術書典 頒布本「ZOZO TECH BOOK」解説会』は弊社として初のオンラインイベントとなりました。
techblog.zozo.com
いわゆる「勉強会」系のイベントもそうですが、オフィス見学といった社内の雰囲気を知るために重要なイベントも同様に実施できない状況です。
そこで先日、これもまた弊社としては初の試みとなる『バーチャルオフィス見学会』を実施することにしました。
『バーチャルオフィス見学会』に先駆けて、clusterに『ZOZOテクノロジーズ バーチャルオフィス』を公開しています。
私はこのバーチャルオフィス作りの技術・運用まわりで携わったので、本記事ではその背景を紹介します。
手段の選定
バーチャルオフィス見学を実施するにあたり、まずどのような手段で実施するか検討しました。大別すると次の2つになります。
1つ目はフォトリアルな全天球(360度)の写真や動画を使った方法です。
例えば国立科学博物館による「おうちで体験!かはくVR」は全天球写真を用いたウォークスルー型のバーチャル展示です。Matterportという特殊なカメラを使用して撮影しています。
www.kahaku.go.jp
2つ目は3D CGを使った方法です。
例えば「Grani VR Office Tour」はレーザースキャンを用いて実際のオフィスと同等の空間を3D CGで再現したバーチャルオフィスツアーです。
grani.jp
それぞれにPros/Consがあり、個別の詳細は省きますが、今回は後者の3D CGで再現する方法を採りました。
これはオフィスの全天球写真が存在せず、しかし撮影のため外出自粛が求められる期間中にオフィスへの移動を避けたかったこと、そして後述する3D CGのアセットが既に存在していたことが理由です。
プラットフォームの選定
手段が決まった後、『バーチャルオフィス見学会』を実施するプラットフォームを選定しました。
具体的にはVRChat, cluster, Mozilla Hubsの3つの候補に絞りました。その上で、今回はマルチプラットフォーム対応のバーチャルSNSである「cluster」に青山オフィスを模した空間を再現する形を採りました。
cluster.mu
clusterは誰もが自由に使える公式のイベント会場の他に、ユーザー独自の会場を作れるワールド機能があります。
つい最近ではグループ会社でもあるヤフーの『オープンコラボレーションスペース「LODGE」』が『バーチャルLODGE』として一足早くclusterのワールドとして公開されました。
note.com 今回はこのワールド機能で「バーチャルオフィス」を作成することにしました。
ワールド作り
プラットフォームとしてclusterを選択しましたがclusterが提供するのは好きなイベント会場を作り、そこに集まってイベントを開催することで、会場そのものは自分自身で作る必要があります。
幸いなことに弊社では2019年に実施した社員総会で、VRChatに最適化した「バーチャルオフィス」を作成していました。今回はこのワールドをcluster向けに修正する形で対応しました。
techblog.zozo.com 修正点は次の通りです。空間そのものは出来上がっていたので、大きく手を入れる必要はありませんでした。
Cluster Creator Kitの導入
公式SDKとして提供されているCluster Creator Kitを導入し、もともと存在していたスクリーンと差し替える形で Standard Main Screen View
と新たにコメントを表示する Standard Comment Screen View
その他、最低限必要なオブジェクトを追加しています。
github.com 難しいポイントはないので、ドキュメント通りに設定すれば問題ありません。
VRChat向けの「バーチャルオフィス」では、エントランスから入って直ぐ目の前にある円会議室の中にのみスクリーンが用意されていました。しかし、数十人が1度に参加する可能性があるオフィス見学という特性を考慮してcluster向けの「バーチャルオフィス」では円会議室を出たところにもスクリーンを設置しています。
あわせて円会議室内のスクリーンは見やすさを考慮して「現実世界」よりも数割大きめに設置しています。
clusterに最適化したシェーダーへの変更
clusterはWindows, Mac, Android, iOSというマルチプラットフォームで動作する性質上、そのすべてのプラットフォームで期待する動作を求めるためにはジオメトリシェーダーが使えません。
VRChat向けの「バーチャルオフィス」では、円会議室を構成するガラス部分をはじめとする複数箇所でNGとなるシェーダーが使われていました。
ガラスの表現には、モバイルプラットフォームでも使えるシェーダーを選択しました。このシェーダーは、UnityのAssetStoreで無料でダウンロードできるのですが、擬似的な屈折表現なども行える優れたものでした。金属やガラスなどに物体が反射する表現には、リフレクションプローブを使用しており、計算負荷を抑えてながら品質の向上を目指しました。
https://techblog.zozo.com/entry/compass2019ss より引用
見栄えはとても良いのですが、様々な環境からオフィス見学を実現できるよう、今回はUnity標準のStandardシェーダーに変更しました。
Standardシェーダーでも特徴的なガラスの曲面は再現できています。
VRChat向けシステムの削除
VRChat向けの「バーチャルオフィス」は文字通りVRChatで動作させることを意図しているので、VRChat向けの機能がいくつか内包されていました。これらは不要なので削除しました。clusterのワールドは不要なアセットを削除した方がアップロードもプレイ時のダウンロードも早くなります。
歩き回ることを想定したコライダーの削除と追加
VRChat向けの「バーチャルオフィス」は前述の通り「社員総会」で利用することを意識していたこともあってか、オフィス内を歩き回る「オフィス見学」用途としては成り立たない箇所がいくつかありました。そういった箇所は透明な壁となるコライダーを削除あるいは追加しました。
植物の削除
現実世界の青山オフィスには実に100鉢以上の緑が生い茂っています。これらをバーチャル世界でそのまま再現すると、少し歩きにくく感じてしまいます。その対策として青山オフィスの雰囲気を損なわない範囲で植物を削除しました。
オンサイトでのオフィス見学が再開した際には、ぜひ「バーチャルオフィス」との差分をその目で確かめてもらいたいです。
バーチャルならではの「遊び」
せっかくの「バーチャル」なので、現実世界の「青山オフィス」とは異なるちょっとしたアイテムを用意しました。
エントランスのZOZOMATと箱猫マックス
乗っかったところで実際に足のサイズは測れませんが、エントランスの左側足元に「ZOZOMAT」を設置しました。また、同エントランス右側にはZOZOTOWNの公式キャラクターである「箱猫マックス」を設置しました。
持ち上げられるZOZO箱
箱猫マックスの身体を流用してオフィス内の複数箇所に「ZOZO箱」を複数設置しました。ZOZOTOWNを利用したことがある方ならお馴染みのあの黒い段ボール箱です。
単純に置いてあるだけでは面白みに欠けるので、持ち上げたり積み上げられるようにしました。
これはCluster Creator Kitで用意されている Grabbable Item
コンポーネントを使うだけで簡単に実装できます。あわせて必要な Item
, RigidBody
, Movable Item
各コンポーネントも一緒に設定されるので、別途必要になるのは Item
コンポーネントの名前を変えて、コライダーを追加するだけです。
ちなみに本記事の公開時点ではアイテムのリスポーン(初期位置に戻る仕組み)が実装されていません。そのため、1度動かされた「ZOZO箱」を「掃除」する手間を省くために公開版のワールドには含まれていません。
リアルアバターの利用
clusterの世界での見た目となるアバターは、原則として全ユーザー共通のものが用意され、顔の部分のみアカウントにアイコンとして設定している画像が表示される仕組みになっています。
それとは別に、VRMという国産のVR向け3Dアバターファイルフォーマットのアバターを用意することで、自分が使いたいアバターを使用できます。
vrm.dev 今回は一部の社員に限りますが、フルボディ3Dスキャンした身体をclusterに最適化したVRMデータとすることで、いわゆる「リアルアバター」としてオフィス見学の旗振り役を務めました。
リアルアバターを制作する手法は色々とありますが、今回は奇しくも1月時点でリアルアバター株式会社さんに撮影してもらっていたデータを活用しています。
www.real-avatar.com clusterでのVRMアバターは32,000ポリゴン制限があるので、UnityのMesh Simplifyで手早くポリゴン数を削減しています。
プラットフォーム選定の補足
補足にはなりますが、冒頭のプラットフォーム選定で挙げたVRChatとMozilla Hubsを選択しなかった理由を記載します。
VRChatを選択しなかった理由
今回は国産のVR SNSであるclusterを選択しましたが、実はVR SNSは全世界で100以上存在しています。その中でも日本国内のVRが好きな方々の中で特に有名なのが「VRChat」です。
つい最近では株式会社ウィゴーさんや、株式会社三越伊勢丹ホールディングスさんが企業として参加したバーチャルマーケット4のプラットフォームもこのVRChatです。
www.wwdjapan.com
前述の通り既存の「バーチャルオフィス」はVRChat向けに作られていたので、このVRChatを使えばcluster向けの修正も必要ありませんでした。
しかし、VRChatは一定以上のスペックを持ったWindows PCを必要とすること、そしてプライベートなワールドは運営と事前にフレンド登録が必要なことから選択しませんでした。
弊社がVR領域を中心とした事業を展開しているのであれば、VRChatを選択することもやぶさかではありません。しかし、今回は幅広い職種・職域の方が「来社」できることを考慮し、スマートフォンを含むマルチプラットフォームに対応しているclusterを選択した形になります。
Mozilla Hubsを選択しなかった理由
「MoziLla Hubs」はアプリのインストールを必要とせず、ブラウザだけで体験できる、いわゆるWebXR技術を活用したプラットフォームです。私自身はXR領域の中でも特にWebXRを推しているので、このMozilla Hubsもリリース当初から強く推しています。
Mozilla Hubsでは「Spoke」というウェブアプリケーションを通してclusterやVRChatのように自分独自のバーチャル空間を構築できます。
SpokeにはVRChat向けのアセットであるFBXファイルをそのまま持ち込めないので、UniGLTFでSpokeでも扱えるGLBファイルにエクスポートしたものをインポートする必要がありました。しかし、Spokeに持っていくだけであれば大きな手間はかかりませんでした。
clusterやVRChatと違い、Mozilla Hubsは専用アプリのインストールを必要とせず、Windows, Mac, Android, iOSのどれでも普段使っているブラウザから気軽にアクセスできます
そんな良いこと尽くしのMozilla Hubsですが、求める「バーチャルオフィス」を再現するにはアセットの容量制限(推奨は12MBで上限は128MBのところGLBファイルの容量だけで600MB超え)が厳しく、今回は諦めました。
緑とデスクを取り除いた形で、オフィスそのものと特徴的な円会議室だけであれば再現できたので、何らの形で使える機会を伺っています。
まとめ
バーチャルSNSであるclusterをプラットフォームとして、VRChat向けワールドを改変したcluster向けのワールドで、『バーチャルオフィス見学会』を実施するまでの取り組みを紹介しました。
今回はVRChat向けの素材が手元にあったため、アイデア出しから実施までのスパンを短くできました。もしも手元になかった場合はゼロイチで「バーチャルオフィス」を作る必要があったので、高い再現性を求める場合は相応の工数が発生していたはずです。
5月25日を以て全都道府県で緊急事態宣言は解除されましたが、いわゆるアフターコロナ/ウィズコロナの世界ではオンサイトではなくオンライン、バーチャルで物事を実施する機会が増えていくと考えています。そのような世界で、こういった形でバーチャルオフィスを作るという手段もあるということが伝わりますと幸いです。
最後に
ZOZOテクノロジーズでは今後も「オンライン配信」や『バーチャルオフィス見学会』など今まで取り組んでいなかったことにも積極的に取り組んでいきます。
一緒にサービスを作り上げてくれる方だけではなく、エンジニアの技術力向上や外部発信に興味のある方も募集中です。ご興味のある方は、以下のリンクからぜひご応募ください!
また、再掲になりますが、6月9日の『バーチャルオフィス見学会』も受付中です!
現場からは以上です!